インドネシアイカット Indonesia IKAT

Indonesia IKAT

インドネシア伝統の民族布、「イカット(ikat)」。驚くほど手の込んだ製法とプリミティブな魅力をご紹介します。

インドネシア、スンバ島/ 祖先の霊が宿ると言われるとんがり屋根の伝統家屋

インドネシア共和国は、東南アジア南部に位置する世界で最も多くの島を持つ国です。インドネシアという国名の由来は、ギリシャ語の「インドス(indos)」と「ネソス(nesos)」という単語の組み合わせで「東インドの島々」という意味があり、その名の通りインドの東方5,110km にも渡って連なる約13,000 以上もの島々によって構成されています。このうちおよそ9,000 の島々に約2 億3764 万人の人々が暮らし、300 以上の民族から成るアジア最大の多民族国家です。

世界の多民族国家には、移民によって成り立っている移民国家(アメリカ、カナダなど)や、少数民族の居住地域を支配民族が取り込んでいる国(ロシア、中国など)、先住民族のいる地域に支配民族が入り併存している国(南アフリカなど)があり成り立ちは異なりますが、インドネシアは古くから多くの民族が暮らしながらも支配しあうことなく一つになった国家です。各島はアジア大陸とオーストラリア大陸の間に散在しているため環境条件がそれぞれに異なり、その差異により居住民の生活様式の違い、さらには文化の違いが生まれました。


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しかし民族ごとの居住地域が海で隔てられていることにより、支配や領土の取り込みもなく、民族同士の影響もあまりない状況でそれぞれの伝統文化が独自の発展を遂げていきました。また、世界最大のイスラム教徒人口を有し、キリスト教プロテスタント、キリスト教カトリック、ヒンドゥー教、仏教を信仰する人もいますが、それらの宗教は古くから伝わる土着信仰と融合して独自の宗教文化を展開しています。また書面上はイスラム教徒だけれども実際にはシャーマニズムを信仰しているという人々もあります。それがこの国が多様性に満ちている要因なのではないでしょうか。

民族の数だけ多様な文化を有するインドネシアですが、代表的な伝統工芸の一つに「イカット(Ikat)」と呼ばれる絣織があり、島や地域ごとに共通して見られます。「イカット」はマレー語で「括る(結ぶ)」という意味の言葉で、糸を染める際に紐で括って防染することがこの呼び名の由来だと言われています。

この染織技法は古代インドで発祥し、世界各地へ広まっていったと言われており、アジア各地で発展した絣の織物は20 世紀初頭以降、欧米に知られると次第に認知度が上がってきました。その時にインドネシアの絣織を指して「イカット」と呼んだのが一般化し、絣の織物全般を意味するようになったそうです。とりわけインドネシアのイカットが注目されたのは、技術や芸術性も然ることながら、多様性に富み、他のどの国のイカットとも違う異質な魅力が感じられたからでしょう。

絣織の技法が伝来した時に持ち込まれたのは、花模様や幾何学模様などの、ある程度決まった図柄だったのではと推測されますが、それが各地域の環境や信仰、文化によって変化し、それぞれ独自に発展していきました。また表現される図柄が多様であるのと同時に、その用途も民族により様々です。現在は特別な行事の時にしか身に着けない人も増えてきましたが、衣服として日常的に身に付けたり、儀礼の際の装いや飾り付けとして使われています。また、特別なイカットはお守りとして大切に受け継がれたり、最高の出来栄えのものを大切な人が亡くなった時に一緒に埋葬する死装束にする風習を持つ民族もあります。海や山を越えると地域に根ざした様々なイカットが継承されていて、そこにそれぞれの文化や歴史が刻まれているのです。


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古代の染色プロセス


ジャワ島ジェパラのイカット製作風景。1. 糸に下絵を描いたところ 2. 下絵に沿って括った沢山の糸の束、昔ながらの椰子の葉ではなくビニール紐で縛っている 3. 括っていた紐を解きはじめているところ 4. 染色しているところ 5. 染めた糸を整経する様子 6. 柄を合わせて木枠に張った経糸 7. 腰機による手織りの様子 8. 高機による手織りの様子

各地域で受け継がれる技法に細かな違いはありますが、その製作工程の大筋は共通しています。

イカットには大きく分けて3種類あり、経絣(たてがすり)、緯絣(よこがすり)、経緯絣(たてよこがすり)と呼ばれるものがあります。経絣は経糸をあらかじめ染め分けてから織ったもので、緯絣はその逆で緯糸を染め分けてから織ったもの、経緯絣は経糸と緯糸の両方を染め分けてから織り合わせたものを指します。

各地で多く作られている経絣は、まず経糸を木枠に張って下絵を施すところから始まります。下絵に沿って椰子の葉を細く裂いた紐状のもので括り、その括った部分が染まらないように(防染)します。その糸の束を何度も染め重ねて色が定着したら、防染した部分の紐を解き、次の染色箇所以外の部分を括って再び染め重ねます。柄が細かければ細かい程、使う色が多ければ多いほど、この工程の複雑さや手間は増します。さらにそれが天然染料であれば、糸染めだけで何か月もかかる大変な作業です。

こうして染め上げた経糸は再度木枠に張って柄を整えます(整経)。この時、糸を並べただけでも柄がくっきりと見て分かるように一つ一つの模様を合わせることが重要で、きれいに染め分けていてもここで模様がずれてしまうと織り上げた後の柄が曖昧になってしまいます。この工程もまた一日や二日で終わらせられる作業ではありません。何日も掛けて少しずつ根気強くぴったりと柄を合わせていきます。そうして時間をかけて色柄を揃えた経糸に、模様を乱さないよう丁寧に緯糸を織り込んでいき、やっと一枚のイカット(経絣)ができあがるのです。

Indonesia IKAT Old textiles collection


スンバイカット \480000 / スンバ島伝統のアニミズムや歴史が由来となったダイナミックな模様が特徴。大きな3つのモチーフとその周りにも隙間を埋め尽くすように大小モチーフがシンメトリーに並んでいる。中央が経絣で、左右には浮織が縫い繋げられている。
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糸を括って染め、整経し、織り上げる、これらのどの工程も色柄がずれないよう細心の注意が必要となる根気のいる作業です。織り上げられたイカットを見ると、柄の輪郭が多少かすれたように色が流れているのが分かりますが、このかすれが少なく柄がくっきりと浮かび上がっているものがあれば、それはとても良い出来のものだと言えます。
また各地域伝統のイカット作りには、腰機や地機といった織機が使われているのですが、小型のため70 ~ 80cm 程の幅しか作ることができません。そのため腰衣などの幅広い布を作るためには、同じ柄もしくは同じテーマで2枚織ってから縫い合わせて一枚の大きな布に仕立てます。さらにスンバ島のイカットには、縫い合わせたイカット布の両端に「カバキル」と呼ばれる帯状の織りを施して接ぎ合わせる技法があります。これは横方向(垂直方向)に直接織り足していくため、大きな1枚に仕立てたイカットの経糸がカバキルの緯糸となります。このカバキルにはシンプルなボーダー織りもあれば、幾何学模様の紋織が施されたり、そのわずか5cm から10cm の幅に経絣の模様を表現することもあります。

このように染色から製織までの工程だけを見ても、気が遠くなるほどの月日が必要だと感じられますが、実際には綿を刈り取って糸を紡ぐ作業や、糸染め時に括る紐の準備、植物から染料を作る作業も加わるため、イカットの腰衣一枚を作るには一年前後かかると言われています。紡績糸や合成染料が流通し使われ始めると、製作期間や手間が多少減りはしましたが、染織技法は変わらないのでそれでも数か月はかかります。ただ、糸や染料を買って作る人もいれば、継承した素材や技法に拘りを持って続ける人もいます。機械で撚った糸も合成染料も、いずれも原料の出来不出来に影響されずに材料としてすぐ手に入るため効率的ではありますが、昔ながらの技法には伝統継承や、完全手仕事ということの他にも良さがあるからです。手紡ぎの糸は機械紡績の糸よりも深く着色でき、糸の太さにムラがあるために織りあがった布目に素朴な表情が表れます。また糸の括りに使うヤシの葉は濡らして柔らかくしてから使うので糸の束にしっかりと巻き付いてきれいに防染でき、天然染料の色あいには独特の深みがあって色あせても味わいが増していくという魅力があります。


ティモールイカット / ティモール島の経絣。大きな菱柄が細かい文様で埋め尽くされたような図柄。ここまで繊細に染め分けて織るには、熟練した技術と大変な忍耐力が必要。経年で色あせた天然の藍色や赤色も伝統工芸品らしい重みを感じさせる。

イカットの流通、そして希少化

スンバ島のイカットをはじめとする各地域のイカットは、研究者やコレクターだけでなく観光客の土産物として、また海外から輸入民芸品として販売する目的で買い集められるようになりました。そうすると現金化するために手持ちのイカットを売ったり、売るためにイカットが作られて流通しました。しかし一人の女性が作れるイカットは一年間に数枚程度のため、古いものも新しく織ったものも次第に手に入りにくくなってしまいました。そこで新たに作られたのがジャワ島ジェパラ(Jepara)のイカットです。同様の伝統技法による絣織ですが、各民族が使用している腰機と呼ばれる小型の織機とは違い据え置き型の大きな高機が使われます。高機では100cm以上の幅で布を織ることが出来、また同じ手織りでもその製織スピードは大幅に早まるため、他よりも手頃な価格で量産されてきました。

このジェパライカットの魅力は図柄にあり、他の各民族が伝承してきたそれぞれの絵柄や配色を再現しています。フローレスイカットのようなストライプ模様もあれば、スンバイカットのようにダイナミックな模様を作ることもあります。「複製品」と言われることもありますが、インドネシアイカットと総称される様々なイカットを一つの産地で見られる楽しみがそこにあります。そして現在では、そのジェパライカットも職人の減少により希少なものになってきています。産業の発展により仕事の選択肢が様々に増えていく中、元々職人だった人たちもこれからの担い手世代の人も割の良い仕事に移り、昔ながらの染織を生業とする人は激減してしまいました。また、あらゆる物価上昇の影響を受けてイカットの価格も大幅に上がり、とても手に入りにくいものになっています。もちろん各民族の伝統文化として、各家庭で受け継がれてはいますが、当時のように上質なイカットが手に入りやすい時代ではなくなってしまいました。このように入手が困難になってしまったことは残念ですが、それぞれの民族が慣習や文化とともにイカット作りの伝統を今後も絶やさず続けていかれることを願ってやみません。


トラジャイカット \150000 / スラウェシ島タナトラジャの経絣。トラジャ伝統の鉤文の幾何学柄が特徴で、儀式の際にマントや壁の飾り付けとして使用するもの。太めの手紡ぎ糸によるざっくりとワイルドな織り目もこのイカットの魅力のひとつ。
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ティモールイカット\59000 / ティモール島、西ティモール北東部インサナの経絣。深い藍色と赤色のストライプ織りで、太いライン上に鳥の文様が浮かび上がったイカット。細いストライプにも小刻みに防染した文様が入り、仕事量の多さがうかがえる。
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ティモールイカット / ティモール島、西ティモール北東部ビボキの経絣。ビボキ伝統の赤や赤茶の染めで、太めの鉤文の間に細かく丁寧に小さな鉤文などが描かれている。現代では多くが合成染料によるため、このような天然染めは今では希少。

インドネシアイカット布やイカットを使った商品は、一部店舗を除く全国のマライカ、またはオンラインショップで販売しています。

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